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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)70687号 判決

原告

更生会社日本自動車株式会社

管財人

岡田錫渕

原告同

長谷川元彦

右訴訟代理人

澤邦夫

春田政義

菅原隆

被告

株式会社幸福相互銀行

右代表者

頴川徳助

右訴訟代理人

原田昇

藤本亘

主文

一  被告は、共同原告両名に対し金七七五万一〇九三円及びこれに対する昭和四八年三月一日から支払ずみまでの年六分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを九分し、その八を被告の負担とし、その余は原告らの連帯負担とする。

四  この判決一項は仮に執行することができる。

事実

〈中略〉

(被告の主張)

(一)  手形担保の被担保債権は、以下の理由により、更生債権と解すべきである。

(1)  約束手形は、手形証券自体が財産的価値を有する私権を表章し、手形証券によつて当該私権の発生、移転、行使がなされる有価証券であり、財産であることは勿論であるが、手形の内容たる権利を除外した証券そのものは元来財産的には無価値なものであるから、物自体に財産的価値のある有体動産や不動産とは根本的に相違し、手形を担保に供するということは、証券に表章された権利に担保価値を認めるものであつて、紙片たる証券そのものの価値を問題とするわけではないことは言うまでもない。すなわち、その担保価値は、一に当該手形につき手形上の義務を負担する者の支払能力によつて定まるのであり、担保手形は物自体に対する担保権と根本的に異なるのであつて、当該担保手形についての更生会社以外の手形上の義務者は、被担保債権につき更生会社とともに各自が全部の支払義務を負担する連帯債務者や連帯保証人と実質的に全く異ならず、これらの者の支払能力すなわち人的信用が担保価値の内容となつているわけである。右のとおり、手形を担保とする場合は、有体動産を譲渡担保とした場合とは相違するのであつて、有体動産を譲渡担保とした場合について判示した最高裁判所昭和四一年四月二八日判決は本件には妥当しないものである。

(2)  本件の如く更生会社に対する債権の担保のため、更生会社よりその所持する第三者振出の約束手形につき通常の譲渡裏書の方法によりその譲渡を受けてこれを所持する場合においては、担保手形の振出人、裏書人らは手形所持人に対し合同して手形金全額の支払をすべき責任を負担することはいうまでもなく、更生会社は担保手形の合同義務者の一員として担保手形につき手形金債務を負担すると共に、その実質関係として被担保債権について債務を負担するわけであるから、更生会社とその他の担保手形上の合同義務者とは、各自債権者に対し担保手形の手形金額の範囲内で、全部の履行をする義務を負担するものであることは明らかである。

ところで、会社更生法一〇八条は、数人が各自全部の履行をする義務を負う場合において、その全員またはそのうち数人について更生手続が開始されたときは、債権者は、各更生手続において更生手続開始当時有する債権の全額につき更生債権者としてその権利を行うことができると定めているが、この規定は、このような数人の全部義務者の全部または一部について更生手続が開始された場合においては債権者はそのいずれの更生手続にも参加できるということを前提としていることは明らかであり、更に、更生手続の開始されていない他の全部義務者に対しても債権全額をもつて請求し、弁済の受領をすることができることをも当然に意味すると解されている。

したがつて、本件担保手形の被担保債権について、債権者は債権者たる更生会社に対する更生手続に当該被担保債権全額について参加すると共に、更生会社以外の担保手形上の合同義務者に対しても手形金の請求その他の取立手続をとることは会社更生法上もなんら妨げないものである。

(3)  会社更生法二四〇条二項の規定の趣旨は、更生会社が他の者とともに各自全部の履行をする義務を負う場合においては、債権者が同法一〇八条により他の全部義務者に対し当該更生手続とは別に債権を行使しうることを当然の前提としたうえ、更生計画において更生会社の債務の減免がなされると、民法等の一般原則に拠る限り、右の範囲において他の共同義務者についても減免の効果が生ずることとなるが、このような結果を肯認することになつては、責任財産の集積によつて一つの責任財産の不足から生ずる危険を分散し、債権の回収を保障しようとする実体法上の制度の趣旨に反することになるので、一般原則を修正して、更生会社につき更生計画により減免された部分についても債権者が他の共同債務者から回収することができるようにしようとするものにほかならない。

ところで、更生計画によつて更生会社の被担保債務が減免された場合であつても、本件の如き担保手形上の更生会社以外の合同義務者は、これによつて直ちに減免の効果を受けることはない。担保手形を更生会社より通常の譲渡裏書によつて譲り受けたときは、被裏書人は手形より生ずる一切の権利を取得することになるから(手形法一四条一項)、被担保債権額を超えて手形金全額につき権利を行使することができ、権利行使の時期及び範囲について被担保債権による制限を受けることはないものであり、右債権者は会社更生法上、同法二四〇条二項に拠るまでもなく、担保手形の振出人その他更生会社以外の合同義務者に対して手形上の権利を行使しうるのであり、仮にそうでないとしても、本件担保手形上の更生会社以外の合同義務者は、同条同項にいう「会社とともに債務を負担する者」に該当するのであるから、いずれにせよ債権者が本件担保手形の振出人その他更生会社以外の合同義務者に対し、更生手続によることなく直接に手形上の権利を行使することになんら妨げはないと言わねばならない。

(4)  会社更生法一二三条三項によつて準用される同法一一二条によれば、更生担保権は更生手続によらなければ弁済を受けることはできないが、前述のとおり同法一〇八条(更には二四〇条二項)によつて本件担保手形の所持人たる被告は、会社更生法上、更生会社以外の本件担保手形の合同義務者に対する権利の行使を妨げられないのであつて、かかる債権者の更生会社に対する債権は、更生担保権として取り扱うことはできず、一般の更生債権として取扱うほかはない。そして、国税徴収法付則五条四項が同法二四条に定める譲渡担保権者の物的納税責任につき手形の担保の場合にこれを適用しない旨を規定しているのは、正にこのことを裏付けるものといわねばならない。

(二)  更生担保権説に対する反論

(1)  本件の如き手形担保の債権につきこれを更生担保権とせず、更生債権として取扱うべきだとすると、手形債務者と同様に質入債権の債務者の支払能力、すなわちその人的信用に担保価値を置く債権質の被担保債権については、会社更生法一二三条一項の明文上更生担保権として取扱われざるをえないのに対し、権衡を失するとの非難がある。

しかしながら質入債権は、質権設定によつても質権者に移転するわけではなく、依然として質権設定者に存し、質権者は民法三六七条の範囲内で質入債権の取立をする権能を有するにすぎない(手形の質入裏書においても被裏書人は手形上の権利を取得するものではなく、この点においては指名債権質と異ならない。)。すなわち質入債権は更生会社の財産であるのに対し、通常の譲渡裏書により譲渡された手形については、手形法一四条一項によつて被裏書人は手形上の権利の一切を取得するから、当該手形は既に更生会社の財産ではないわけであつて、手形所持人は、手形の満期が被担保債権の弁済期前に到来しても、また手形金額が被担保債権の金額を上回つても手形全額の請求取立をすることができ、民法三六七条三項の準用はなく、手形の質入裏書におけるような被担保債権の弁済期前に取り立てた手形金を供託しなければならないというが如き制約も受けないのである。債権質と手形担保とはこの点において明らかに本質的に相違する。

(2)  債権質においては、質権者が質入債権を譲渡したり、債務免除、更改等により消滅させることはできないが(手形の質入裏書についても同様であるが、手形法一九条一項但書。)、通常裏書による手形担保については、その実質関係たる被担保債権と分離して担保手形を被裏書人が更に他に裏書譲渡することが許され、担保手形を譲渡しても被担保債権は消滅しない。そして被担保債権は、債権者が担保手形について償還義務を免れたとき(約束手形の振出人が手形所持人に対して手形金を支払うとか、手形所持人が手形金債務を免除して手形証券を振出人に返還する等。)又は債権者みずからその所持する担保手形について手形金債務の免除、更改する等により、将来被担保債権の債務者から被担保債権の弁済があつても有効な担保手形を返還することができなくなつたときに始めて消滅することになる。

すなわち債権質によつて担保される債権は、これを更生担保権として取扱い、担保額の行使を停止させることはできるが、通常の譲渡裏書による担保手形によつて担保される債権については、担保手形のみが被担保債権と分離して転々流通するものであり、手形の無因証券性、文言証券性からこれを制限することができず(担保手形のその後の裏書譲渡は更生手続開始の前後を通じて可能であり、被裏書人を拘束しえない。)、したがつて手形上の権利の帰属者と被担保債権の帰属者とが分離される可能性があることから、会社更生手続によつて担保手形上の権利の行使をすべて禁止することはできないわけであつて、このような被担保債権を更生担保権とすることは、その意味がないことにならざるをえない。

ちなみに更生手続開始に先立つて債権質権者(被担保債権の債権者)が質入債権の債務者(第三債務者)に対して質入債権の取立訴訟を提起し、該訴訟が係属中であつたときは、質権設定者(被担保債権の債務者)に対する更生手続の開始によつて訴訟手続は中断し、管財人がこれを受継することになり、受継申立権は管財人及び相手方がこれを有することになる(会社更生法六八条、六九条一項)か、通常の譲渡裏書により担保に供された手形が被担保債権の債権者から更に第三者に裏書譲渡され、手形所持人から担保手形の振出人に手形金請求の訴が提起されていたときは、被担保債権の債務者につき更生手続が開始されたとしても、訴訟手続の中断する余地はないのである。

(3)  前述の如く、担保手形が被担保債権の債務者から債権者に通常の譲渡裏書の方法によつて譲渡され、債権者から更に第三者に裏書譲渡されていた場合において、被担保債権の債務者につき更生手続が開始されたとすれば、担保手形の所持人は更生会社に対する手形遡求権に基づいて更生債権の届出をすることになり、一方被担保債権の債権者は、現に担保手形を所持しないのであるから、更生担保権の届出をすることはできず、更生債権者として取扱われざるをえないことになる。

また更生手続開始当時、被担保債権の債権者が担保手形を所持していたとすれば、被担保債権と手形上の権利とは社会的経済的に同一利益を目的としているのであつて、債権者は被担保債権に基づいて債権の届出をすることもできれば、担保手形の所持人としてその遡求権に基づいて債権の届出をすることもできるわけであるが、後者についてはその性質が人的請求権であることから明らかに更生債権として届出るほかなく、更生担保権とする余地は全くない。同一の社会的経済的利益を目的とする権利のいずれを届出るかによつて、その取扱が更生担保権とされたり、更生債権とされたりすることは不合理であるから、債権者が右のいずれの権利を届出でても、統一的にこれを更生債権として取扱わざるをえないはずである。

右の如く通常の譲渡裏書の方法による担保手形の被担保債権については、会社更生法の予定する債権届出制度と手形法との関連の特性として、これを更生債権として取扱わざるをえないのである。

(4)  本件の如き通常の譲渡裏書によつて譲渡された担保手形の被担保債権について、これを更生担保権と解する説においても、更生計画の認可に至るまでは手形金の取立を許容するのが普通である。そして右立場によれば、この場合の取立金は更生担保権者において保管し、更生計画の認可を待つて更生計画の条項により債権の弁済に充当する等の処理がなされるべきであるとする。

しかしながら、このように解すると、手形金の取立をした段階において担保手形上の権利は消滅し、新たに更生担保権者は自己の保管する担保手形取立金の上に担保権を有する形に切換える処理(保管金支払請求権の上に質権を設定するなど)をしなければならず、したがつて更生担保権にかかる担保の変換と解せざるをえないことになつて、会社更生法五四条九号に基づき管財人は一々裁判所の許可を受けなければならないことになり、実状に合わないばかりか誠に煩瑣である。また更生担保権たる元本については更生手続開始後一年分の利息損害金についても更生担保権として取扱われるのに対し、更生担保権者の保管する取立金については利息の発生する根拠はないから、更生会社にとつても妥当を欠く結果を肯定せざるをえない。このような観点からも、更生担保権説は不合理であつて実状に合わないものといわなければならない。

(5)  手形の譲渡担保につき、経済的実質に照らしこれが手形割引に準ずる場合に限りその被担保債権を更生債権とし、会社更生法二四〇条二項の適用を認むべしとする見解がある。

被告は、本件の如き第三者振出の約束手形について通常の譲渡裏書によりこれが担保に供された被担保債権については、その実質が手形割引に準ずる場合であると否とに拘らず、すべて更生債権として取扱い、更生会社以外の手形合同債務者からの取立及び取立金の被担保債権への充当を肯定すべきであると信ずるものであるが、仮に右の如き限定解釈を採用するとしても、本件の手形担保貸付は実質的に手形割引と全く異ならないことを事情として主張する。すなわち、本件担保手形は、いずれも更生会社の依頼により更生会社に対する金融取引の目的に資するため譲渡を受けたものであるが、更生会社の持ち込む手形は数がきわめて多く、手形金額の少額のもの、満期までの期間の長いもの、振出人ないし引受人の信用の十分でないものが多いので、一々手形割引をすることが適当でないため、これらの手形を資金化する便法として、いわゆる商担手貸の方法をとつたのである。

(三)  以上のとおり、本件担保手形の被担保債権は、会社更生法上、更生債権と解すべきであるから、本件担保手形の一部によつて被告が取り立てた金八七五万一〇九三円は、これを原告らに返還すべきいわれはないものであつて、原告らの請求は失当である。〈以下、事実省略〉

理由

一1  更生会社が昭和四三年九月一八日東京地方裁判所により会社更生手続開始決定を受け、同日川浦が、ついで同年一二月一一日原告岡田がその管財人に選任されたこと、2、被告が同年一一月五日本件会社更生事件について、更生会社所有の本件土地に対する元本極度額三〇〇〇万円の根抵当権及び更生会社より債権の担保として裏書譲渡を受けていた本件担保手形(合計一七六通、金額合計七五二五万九〇九六円、ただし届出書記載分は合計一六〇通、金額合計五七五二万三〇八一円)上の権利を担保権の目的として、請求の原因2の(一)及び(二)の債権を更生担保権(合計金四五五七万一七五五円)として届け出たこと、3、右届当に対し、原告岡田及び川浦は昭和四四年九月三日の第五回債権調査期日において請求の原因3の(一)のとおり認否したところ、被告が所定の期間内に更生担保権確定の訴を提起しなかつたため、被告届出の債権は同年一〇月四日右認否のとおり確定し、したがつて、被告の更生担保権は、被告の更生会社に対する貸付金残元本金四三〇七万一七五五円のうち金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和四三年一一月五日から同四四年九月一七日までの遅延損害金四七五万五〇〇〇円の限度に確定されたこと、4、東京地方裁判所は同四五年一二月二三日更生計画認可の決定をし、右のとおり確定された被告の更生担保権のうち遅延損害金四七五万五〇〇〇円については計画に基づき債務免除となつたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二前項2及び3の被告の更生担保権の届出及びこれに対する管財人の認否とこれに続く更生担保権の確定の一連の手続経過の結果として、原告らは、本件土地に対する元本極度額三〇〇〇万円の根抵当権のほか、本件担保手形のすべてが確定した被告の更生担保権の担保権の目的となつたと主張するのに対し、被告は、右更生担保権の目的となつたのは本件土地に対する右根抵当権のみであり、本件担保手形はその担保権の目的とはされなかつたと主張するので、判断する。

1 前記当事者間に争いのない事実と、〈証拠〉によれば、(一)被告は更生会社に対し昭和四一年九月三〇日から同四三年四月二〇日までの間に四回にわたり合計金七〇〇〇万円を証書貸付及び手形貸付の方法で貸し付け、前記更生担保権届出の時点において残元本が金四三〇七万一七五五円となつていたこと、(二)被告が更生会社に対して右貸付を行うに際しては、更生会社の被告に対する定期預金を見返りとしたほか、本件土地につき元本極度額金三〇〇〇万円の根抵当権の設定を受け、更に、併せて、貸付金額を上回る合計金額の本件担保手形の裏書譲渡を受けこれをいわゆる譲渡担保手形として差し入れさせて所持していた(なお、手形貸付の形式をとる時には更生会社振出の単名手形をも差し入れさせた。)こと、(三)被告の更生会社に対する四回の各貸付と右の各担保との対応関係は厳密に区別されていたわけではなく、すべての貸付金の残金に対して右各担保がすべてこれを担保するという関係となつていたこと、(四)被告は更生担保権の届出にあたり、前記のとおり、右貸付金の残元本全額を更生担保権として表示したうえ、その担保権の目的として右根抵権付の本件土地のほか、本件担保手形をも記載し、右根抵当権の極度額金三〇〇〇万円を超える貸付金残金についても更生担保権として認められることを企図していたこと、(五)管財人である原告岡田らは、被告の右更生担保権の届出に対し債権調査をしたが、更生会社がひろく融通手形の交換をしていた情況にあつて本件担保手形の大部分も弁済を受けられる見込の薄いものであると判断し、かつ、多数の債権者の多数の担保手形の信用度について逐一調査を遂げることも不可能であつたため、被告の更生担保権としては、届出の貸付金残元本中、本件土地についての根抵当権の極度額金三〇〇〇万円と同額について異議なく認めることとし(なお、これに対する遅延損害金四七五万五〇〇〇円も更生担保権とされたことは、前記のとおりである。)、右金額を超える分については異議を述べて、被告から更生担保権確定訴訟が提起された段階で更に調査を尽くし、本件担保手形中に取立可能なものがあれば、その分については更生担保権として認めるという方針で前記のとおり認否をしたこと、(六)右管財人の認否の結果についての裁判所からの異議通知書(乙第一四号証)の記載は被告主張の如く簡単なものであつたが、さりとて、本件担保手形を異議のない更生担保権の担保権の目的とは認めないというような記載はされていないこと、(七)しかるに、被告は更生担保権確定訴訟を提起せず、管財人の認否したとおりに更生担保権が確定したこと、(八)裁判所が認可した更生計画案においても、更生会社の財産の上に存した担保権は引きつづき存続するものとされたこと、以上のとおり認め判旨られるのであつて、右事実によれば、本件会社更生手続においては、被告が更生担保権届出書に担保権の目的として記載した本件担保手形は、本件土地についての根抵当権とともに、異議なく確定した被告の更生担保権の担保権の目的とされることとなつたと認めるのが相当である。

2  もつとも、〈証拠〉によれば、更生会社の管財人や管財人補佐であつた末石正三らは、被告ら債権者に対し、「手形は担保として認めない。」とか「東京地方裁判所民事第八部では譲渡担保手形については更生債権として扱う。」などと発言していた節が見受けられるし、(二)〈証拠〉によれば、管財人としても、第五回債権調査期日の前までに本件担保手形の一部につき振出人から手形金の取立があつたことを知つていたと推認することができ、(三)〈証拠〉によれば、管財人は被告ら金融機関が所持する譲渡担保手形のうち更生手続開始決定後に取立のできた取立金について、結論的には、これを更生債権の元利金に充当することを認める旨の言動をとつていた事実があること、などが認められ、被告は、これらの点を指摘して、本件会社更生手続において本件担保手形が更生担保権の担保権の目的となつたものではないと反論する。そして、従来、手形の譲渡担保について会社更生手続上どのように扱うべきかについては、学説上も大きな対立があり、裁判所の実務も必ずしも統一されていなかつたことは、当裁判所に顕著なところであり、本件会社更生手続においても、管財人らの言動に不統一な点があつたであろうことも否めないところである。

しかしながら、(一)管財人らが譲渡担保手形の被担保債権を更生担保権と認めないと発言したことの主な理由は、担保手形の取立の見込が薄いと判断されたことにあつたわけであるし、(二)本件担保手形中、債権調査期日までに取り立てられた金額は僅かであり、かつ、被告が右取立金額に相当する被担保債権につき管財人をして更生担保権として認めさせるには、更生担保権確定訴訟を提起することができたのに、これをしなかつたことは前記のとおりであり、(三)また、上記各証拠によると、管財人である原告岡田は、基本的には、更生手続開始決定後に取立のできた譲渡担保手形の取立金は被担保債権の任意弁済に充当されるべきものではなく、債権者において保管し、更生計画認可を条件として更生会社に返還すべきであり、不渡となつた手形や満期未到来の手形は速やかに管財人に引き渡すべきであるとの方針を採り、被告ら金融機関にもその旨を要請したのであるが、一部の債権者はともかくとして、他の金融機関等はこの方針に強く反撥して貸付債権と相殺処理するなどしたものがあつたため、原告岡田は、本件会社更生手続を円滑に軌道に乗せる必要と、債権者間の公平をはかる目的から、次善の策として譲渡担保手形の取立金については、債権調査期日までの分は被担保債権との相殺処理を認める代りに、それによつて消滅した債権額の減額(変更)を届け出ること及び相殺処理額の一二パーセントを放棄することを各金融機関に働きかけ、その了承を得た(右一二パーセントの根拠は、当時管財人が立案中の更生計画案によると、更生担保権は計画認可の二年後に弁済することが予定されていたが、右のように計画認可前に担保手形の取立金による相殺処理をした債権者は、他の債権者よりも二年早く弁済を受ける結果となるので、その分の金利相当額を放棄させて債権者間の平等をはかるところにあつた。)のであり、管財人は必ずしも譲渡担保手形で担保された貸付金債権を更生担保権と認めず更生債権として認める趣旨で行動したわけではなく、右のような妥協的措置も、実質的には、あながち違法、不当として非難するに当たらないと認められるのである。

したがつて、これらの諸点から、本件担保手形が更生担保権の目的となつていないとする被告の反論は、当をえないというべきである。

判旨3 本件会社更生手続において、本件担保手形が更生担保権の担保権の目的となつたものであることは、上記認定のとおりであるが、そうは言つても、譲渡担保手形の本質上、その被担保債権が更生担保権となりえない法的性質のものであるとすれば、本件会社更生手続における上記の取扱いそのものが問い直されなければならないこととなろう。この点に関して、学説上の対立があることは前述のとおりであり、裁判実務の統一が望ましいことは言うまでもないが、右の本質論は、更生担保権確定訴訟の場において解明されるのが本筋であろう。本件においては、右確定訴訟が提起されることなく会社更生手続が進められたので、右の点についての詳論は避けるが、いわゆる更生担保権説を支持しうる根拠のあることにつき一言しておく。

(一)  被告は、譲渡担保手形は、手形法の特性からして、被裏書人である所持人の財産であつて、債権質の質入債権のように担保提供者(更生会社)の財産であるのとは異なると主張する。なるほど、譲渡担保手形は、担保の目的からとはいえ、通常の譲渡裏書がなされるのであるから、これにより更生会社の財産としての性質が失われるかの如くであり、現に、更生会社が被告人に差し入れた約定書(乙第一〇号証)にも「担保手形は貴行に帰属し、手形権利の無条件移転であります。」との文言も見られるのである。しかしながら、形式は手形の譲渡裏書であつても、当事者間においては、あくまでも担保の目的に出たものであることは明らかであり、約定書の文言だけでその本質が左右されるわけのものではないし、更生会社が被告に差し入れた他の約定書(乙第一号証の二)には「貴行の占有している私の動産、手形その他の有価証券」という文言も見られるのである。そして、譲渡担保手形は、その所持人である債権者が満期に取り立てることができる(この点は、担保保有者の善管義務ですらあると解される。)が、その取立金は、元来、被担保債権の弁済期が到来するまでは債務の弁済に充当することができず、債権者はこれを債務者のために預り保管しておき、弁済期到来後にはじめて弁済充当の処理をなしうる(この弁済充当の処理を必要とする点で、譲渡担保手形は割引手形とは法的性質を異にする。)のであつて、それまでは右取立金は、いわば、担保手形の「代り金」というべき性質を持つものと説明することが可能である。また、譲渡担保手形の取立金が被担保債権額を超過したときは、債権者はその超過分を債務者に返還しなければならないわけであるし、被担保債権が弁済その他によつて消滅したときは、債権者はその所持する譲渡担保手形を債務者に返還する義務を負うことも明らかである。してみると、譲渡担保手形は、債務者からの譲渡裏書によつて債権者の所持するところとなるのではあるが、右譲渡裏書の性質は、いわば隠れた質入裏書というべきものであり、少なくとも当事者間においては右手形は依然として債務者(更生会社)の財産と見ることを妨げないと解する余地がある。

(二)  被告は、更生計画によつて更生会社の債務が減免されても、担保手形上の他の手形合同義務者の債務には減免の効果が及ばず、かつ、会社更生法一〇八条や二四〇条二項の規定の趣旨等からしても、譲渡担保手形の被担保債権は更生債権として扱うほかはないと主張するが、譲渡担保手形の所持人が、債務者の更生手続開始決定にかかわらず、手形の振出人その他の合同義務者に対し手形金全額についての権利行使が可能であるということと、その取立金を当然に被担保債権の弁済に充当できるかどうかは別の問題であつて、これを前記のとおり担保手形の代り金と見るべきものとすれば、会社更生法の右法条があるからといつて、被告主張のように更生債権説を採らなければならないという必然性はないと言いえよう。

(三)  被告は、その他にも、譲渡担保手形に関する更生担保権説の不当性を指摘するが、いずれも本質的な問題ではなく、手続的な解決の可能な事柄にすぎないと解される。

4  以上のとおり、本件会社更生手続においては、本件担保手形は、いずれも、確定した被告の更生担保権の担保権の目的となつたものであり、被告が主張するように、本件土地についての極度額金三〇〇〇万円の根抵当権で担保される債権のみが更生担保権となり、本件担保手形が担保権の目的から除外されたものとすることはできない。

したがつて、更生手続開始決定後に被告が本件担保手形の取立をしたとしても、その取立金は、更生担保権に自由に弁済充当できるわけでないことはもとより、被告が更生担保権として届け出たが更生債権として確定するに至つた債権に自由に弁済充当することが許されないことも明らかである。

三原告岡田が、被告に対し、昭和四七年八月一一日定期預金として金三〇〇〇万円(満期同年一二月三一日)を預け入れていたところ、同四八年一月五日ころ、右定期預金債権をもつて被告の前記更生担保権である金三〇〇〇万円と対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがなく、これによれば、被告の更生担保権はすべて消滅し、本件担保手形の被担保債権も消滅したものというべきである。

したがつて、被告は、本件担保手形を更生会社(原告ら)に返還すべきであり、また更生手続開始決定後に被告が本件担保手形を取り立てて回収した金員は、すべて原告両名に返還すべきこととなる。

四1  被告が、更生手続開始決定後、昭和四七年二月末ころまでの間に、本件担保手形のうち四一通につき合計金七七五万一〇九三円を取り立てたことは、当事者間に争いがないところ、右取立金は、会社更生法上、更生担保権ないし更生債権に任意弁済として充当することは許されず(同法一二一条本文、一二三条一項)、前示のとおり原告両名に返還すべきものであり、この点の原告の主張は理由がある。

2  被告が本件担保手形のうちコロネット商事振出の金額一〇〇万円の約束手形一通について、更生手続開始決定の前である昭和四三年五月三一日に金五〇万円、同年七月三一日及び八月三一日に各金二五万円宛を回収し、これを被告の更生会社名義の別段預金勘定に入金したことは、当事者間に争いがない。

原告らは、被告が右取立金を更生手続開始決定後も更生会社名義の別段預金に預り金として保管していたと主張するので検討するに、〈証拠〉によれば、被告は更生担保権の届出に際して、コロネット商事振出の右約束手形も本件担保手形の一部(ただし、不渡手形)として記載していたことが認められるほか、〈証拠〉によると、一般に、被告が回収した担保手形の取立金は、一旦債務者名義の別段預金に入金処理をしたうえ、これを直ちに債務の弁済に充当処理することなく経過し、債務者が代り手形を担保に差し入れれば右取立金を債務者の当座預金に振替えて債務者が利用できるようにする扱いもあつたことが認められる。そして、本件で提出された各書証によつては、被告が、更生会社名義の別段預金勘定に入金した前記の取立金を、更生手続開始決定前に、更生会社に対する貸金債権の弁済として充当処理する扱いをした事実を直接認めるに足りない。したがつて、原告の右の主張に理由があるように見えないではない。

しかしながら、〈証拠〉によると、(一)元来、被告が開設する別段預金勘定には種々の性質の金銭がとりあえず入金される扱いであり、それが他の勘定科目に振替処理される等するまで当然に預金名義人の資金であるとは限らないこと、(二)担保手形の取立金については、債務者(担保設定者)である更生会社との間の約定により、被告が適当と認める時期に、適当な方法で債務の弁済に充当処理する扱いができることとされていて、通常は、月末などの切りのよい時期に、切りのよい金額につき、適宜の方法で債務への弁済充当の処理をする扱いであつたこと、(三)コロネット商事振出の手形金が入金となつた当時は、被告の更生会社に対する貸金債権の弁済期が既に到来していたばかりでなく、更生会社は被告に対して、更生会社につき会社更生手続開始の申立があつたとき又は更生会社が支払を停止したときは、被告に対する一切の債務につき当然に期限の利益を失い直ちに弁済することを約していたこと、(四)コロネット商事振出手形の取立金が入金された当時は、更生会社は既に支払停止の状態となつていて会社更生手続開始の申立もなされていたため、更生会社から代り手形が差し入れられることは考えられない段階であつて、被告としては右の入金分を適宜の時期、方法により債務への弁済充当の処理をしたとしても不自然ではないこと、(五)被告が更生担保権の届出に際してコロネット商事振出手形を担保手形として記載したのは、単なる事務処理上の過誤によるものにすぎず、右届出書記載の債権額からは右手形の取立金の分は控除されていること、(六)コロネット商事振出手形の入金は前記のとおり三回に分割されて行われたが、最終的には昭和四三年八月三一日に合計金一〇〇万円に達したのであるから、被告としては、右の月末に金一〇〇万円という切りのよい金額が入金された時点で、これを適宜の方法により、更生会社への貸金の弁済に充当したと推認することも無理ではなく、むしろ、既に債務者につき会社更生手続開始の申立がなされていた段階において、債権者たる金融機関としては、遅滞なく右の処置をとつたであろうと認めるのがより自然であること、以上のように認められ、右と同趣旨の供述をする大津証言及び今西証言は措信できる。

右のとおり、被告は、いずれにせよ、コロネット商事振出手形の取立金を、更生手続開始決定時以前に、更生会社に対する貸金債権の弁済に充当処理したものと認めることができ、この認定を履すに足りる証拠はないから、この点についての原告の主張は失当である。

五被告は、原告岡田及び原告長谷川の本訴請求は信義誠実の原則に反し、権利の濫用であると主張し、その理由として、本件会社更生手続において、管財人らが譲渡担保手形の被担保債権は一切更生担保権と認めず、本件担保手形も更生担保権の担保権の目的として認めず、本件担保手形の取立金を更生債権に自由に弁済充当しうるとの言動を示し、被告をしてその旨信じさせたと主張するのであるが、管財人らが意図したところ及びその言動の趣旨が被告の右主張の如きものでなかつたと認められることは、既に第二項において認定、説示したとおりであり、被告の抗弁は既に前提において失当と言うべきである。のみならず、管財人は債権者間の公平をはかるために、債権者たる被告ら金融機関に対し、譲渡担保手形の取立金による弁済充当を承認する代りに届出債権額の減額及び金利分の放棄等を要請したことも、前認定のとおりであり、〈証拠〉によれば他の金融機関は管財人の右要請を受け入れたことが認められるのであるが、被告は右要請に応ずることなく、一方で本件担保手形からの取立金合計七七五万一〇九三円を更生会社に対する貸金債権に任意弁済の形で充当処理しながら、他方で届出債権額の減額や放棄に応じていないのであつて(この点は、被告が自認するところである。)、右事実によれば、被告に右取立金を取得させたままにしておくことは明らかに他の債権者との公平を欠く結果となるのであり、この点からも、被告の抗弁はとうてい採用の限りではない。〈後略〉

(友納治夫 大戸英樹 村上博信)

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